大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)2417号 判決

原告

新井勇

右訴訟代理人

井上哲夫

被告

名阪観光株式会社

右代表者

古村保

右訴訟代理人

相澤登喜男

被告

森本正彦

右訴訟代理人

寺澤弘

吉見秀文

主文

一、被告らは、各自原告に対し金一七八万円及び内金一六三万円に対する昭和五五年一〇月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

五、但し被告らが各金一〇〇万円の担保を供するときは、その被告は右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一請求の原因第一項の事実のうち、原告の傷害の部位、程度及び被告森本の打球が直接原告に当つたかどうかの点を除き、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すれば、

事故現場である、西八番ホールからの打球の飛来方向に向けては、バンカー周辺にかけてなだらかな下り坂になっているが、以後現場地点を経てグリーン方面にかけては、さらに急角度の下り坂となつているため、この構造上の特徴から打球者の地点からは、事故現場附近を含むそれ以遠の地域は全く見えない状況にあること、被告森本一行が西八番ホールのティグランドへ到達(同被告はこのコースは二回目の経験)したとき、先行者(原告ら)の姿が数名チョロチョロしている状況で見えたので、暫らく待つつもりでタバコを一服していたこと、吸い終る(その頃人影は見えなくなつた)等して時間をつぶして後、もういいかね、と聞いたのに対し、キャディ山田は、前方の状況は全く見ておらず、且内心では少し早いと思いながら、特に否定せず黙つていたので、被告森本としては、よいものと考えて打球し、それが非常に良い当りとなつて飛来し、原告の後背腰部へ直撃したこと、

以上の事実が認められ〈る。〉

三右の事実(当事者間に争いがない事実を含む)によれば、本件事故現場付近は、打球地点からは全く見えない状況にあるのであるから、このような構造上の特質を有する施設の設置管理をなす被告会社としては、事故の発生を未然に防止するため、使用人たるキャディ山田をして十分に前方の状況を把握させ、打球者に適切な指示、助言をなさしめるべきであるにもかかわらず、山田は前方の状況把握を全くせず、且内心、まだ早いと思いながら打球開始を制止せず、そのため本件事故発生に至つたのであり、また被告森本は、前方の視野の範囲内に人影が見えなくなつてまもなく、もはや安全なものと速断して(前記認定のとおり視野の範囲内はかなり限定された少範囲であつて、ここに人影がなくとも、打球のとどく範囲内には先行者の存在の危険は大きく、現に本件事故現場附近には、原告のみならずその同行者らも数名が散在していた)、打球したものであり、一応はキャディ山田にいいかね、と確認の言葉を発してはいるが、同女も前示のとおり十分な確認措置をとつたわけでもないことを併せ考えれば、仮令同女の態度をオーケーと解釈し、これを前提として打球に入つたとしても、以上の状況に照し過失を免れることはできないものであり、以上によれば、被告会社は民法第七一五条により、被告森本は同法第七〇九条により、それぞれ連帯して原告の損害を賠償すべき義務を負うことが明らかである。(なお、因みに以上の事情に照せば、被告ら間の内部的な負担割合は、被告会社四対被告森本一とみることが相当である。)

これに対し被告森本は、スポーツ参加者は、通常予測し得る危険を受忍することを同意したものとして、同被告に責任はないものと考えているようであるが、その援用する判決(神戸地方裁判所伊丹支部昭和四七年四月一七日判決)は、コースの構造上同行キャディを打球の飛来地点に先行待機させる方法をとつていたのに対し、当該キャディが打球に当つたというもので本件とは事案を異にする(判例の事案では、当然、打球の飛来が予測されている)上、一般論としても、本件の如き長距離のコース(ホール)における場合にまで危険の受忍、同意ありとすると、事柄の性質上、先行者は、後行者が前方に人影を見えても見えなくても、大丈夫と思つて打つた場合に同意を与えているものととられ兼ねないのであつて、かくては、先行者としては絶えず後方からの打球の飛来の動静に注意を払わねばならないこととなり、極度の集中心を要求されるゴルフ競技が成立たなくなるおそれがあるものであつて、むしろ以上の見地に立つときは、複数のボールの併存と、且先行者、後行者の関係が常に存在するこの競技の特質に照し、先行者は、後行者からの早打ちによる打球の飛来はないものとの信頼の上にのみ、この競技は成立ち得、従つて後行者としては先行者に対する危険を及ぼすことのないよう万全の配慮をなすべき極めて高度の注意義務を負うものというべきである。被告森本のこの点の見解は採用できない。

四そこで次に損害について検討する。(被告会社においては、治療経過の点(因果関係を除く)は争いがない。)

〈証拠〉を総合すれば、

原告は、右の事故により第四腰椎棘突起骨折の傷害を負い、これによつて昭和五三年七月一日から昭和五四年四月三〇日まで三〇四日間(実日数一八四日)通院治療(四日市中央病院)を受けた(以上のうちには、後記のとおり早期からのゴルフ再開により増悪されたと窺うべきものも含まれるので、これを除く)が、必ずしも完治に至らず、腰痛、しびれ感を残しており、これらによつて蒙つた損害額は左のとおりであつたこと(以下においては、以上の事情に基き、さらに後記認定事実を斟酌して、必要性、相当性の範囲内に関する額についての評価、判断をも併せ加えることとする。)

(一)  通院交通費 三万円

自家用自動車により、主として妻の運転で送り迎えして貰つたことが認められるので、公共交通機関による最低限の諸要費用一日三〇〇円、後記増悪分を除いた妥当な日数分一〇〇日として金三万円を認容する。

(二)  得べかりし利益の喪失 七〇万円

原告は、その主張のとおりの業務につき、そのいうとおりの報酬を得ていたが、右の事故による受傷のため満足に就業し得ず(尤も役員報酬は従来どおり支給されていた)、その期間はそのいうとおりであり、このため会社は原告主張のとおり赤字を計上するに至つたが、他面原告は通院中の昭和五三年九月一九日頃以降ゴルフを再開し、ときどき四日市カンツリークラブ、名四カントリークラブへ行つて競技しているのであつて(被告らは、この点をとらえて既に完治しているかの如くいうが、前掲各証拠に照し、必ずしもこのようには断定し得ず、或程度回復し、再開したとみることが妥当であり、それが一面では増悪(作用したものとすることが相当である。)、事業不従事の原因を全面的に事故のみに帰せしめるのは合理的でない一面もあり、現に報酬は曲りなりにも支給されていたので、会社の赤字(その全額が事故と因果関係ありとは必ずしもいえない)、ひいてそれによる役員賞与等への影響、その他諸般の事情に照し、原告の得べかりし利益の喪失額は七〇万円と認めることが相当である。

(三)  慰藉料 九〇万円

以上の各事情、殊に受傷内容程度、通院治療の経過、後遺症状その他諸般の事情(会社経営への影響の点をも含む)を総合すれば、原告の精神的、肉体的苦痛を癒すには、慰藉料として金九〇万円とすることが相当である。

(四)  弁護士費用 一五万円

以上の経緯、殊に事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情に照し、原告の要する弁護士費用のうち被告に負担せしむべき相当性の範囲内の額は、金一五万円とすることが相当である。

以上合計一七八万円

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

五そうすると被告らは連帯して以上の合計額及びこれに対する原告の主張の趣旨のとおりの遅延損害金を支払うべき義務を負い、原告の本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行及びその免脱の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用し、よつて主文のとおり判決する。 (寺本嘉弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例